「遊びの環境を考えよう」子どもと保育研究講座・報告
9月8日(土)の午後に、「遊びの環境を考えよう」というテーマでの保育研究講座を開催しました。
初めにお知らせした段階で、「2学期からのクラスづくり」という言葉を添えていたせいもあって、幼稚園でクラス担任をされている方が多かったのですが、他にも、地域子育て支援拠点での保育グループの保育者の方、特別支援学校の幼稚部に勤められている方など、8名の方が参加されました。
とてもコンパクトな人数でしたので、それぞれの方が自分の言葉で参加できるといいなと思い、自己紹介では、「おにぎりの具といえば!」好きなおにぎりの具を教えてください・・・
普通にしゃけが好きです・・・鳥五目でしたけど一時期タラコで今はエビマヨ・・・・
コンビニで買ったおにぎり、すっかりエビマヨと思い込んでかぶりついたらまったく違う具!「思いもしなかった」っていうのはこんな感じ?
おにぎりっていうと、コンビニのおにぎりが思い浮かんだけど、他の方の話を聞いてたら、元々買うものじゃなかったことを思いだした・・・
こんな時間が実は大切だったりしますね。「それわかるな」「その感じ、私も同じ・・・」「そういう感じ方もあるのか・・・」と思いながら、参加者それぞれの方に思いを向けていくことからスタートすることができます。
さて本題の「遊びの環境を考える」ですが、まずはコーディネーターである相馬が、最近見たいくつかの保育現場での様子を話しました。そのことを手がかりに、参加者自身の身の回りの話題を語っていただくことが、8人という人数だったら可能だろうと考えました。すると・・・
片付けることが苦手な保育者です・・・子どもたちも片付けるのが苦手・・・周囲の先輩からは、片付けのための「表示」を作るようにアドバイス・・・しかし本当に、「分類表示」=「主体的に」なのだろうか?という疑問・・・「何となく(表示をすることで自動的に)できてしまうこと」はその底に「めんどうくさいこと・トラブルを回避」という社会全体の風潮が潜んではいないだろうか(幼稚園4歳児担任)
なぜみんな、トラブルを避けたいのか?・・・そこに、寄り添う人がいないからだと感じている。
「ちゃんと○○を終わらせていないと、××はできない」・・・片付ける、片付けないという話には、「ペナルティから入っていく」学校や園の文化があるのでは?(2歳児を中心とした保育グループ保育者)
と、「片付ける」ことをひとつのキーワードに話が進んでいきました。
全く片付けようとしないクラスの子どもたちに「みんなが片付けたくないなら、片付けないことにしようか」と持ちかけたところ「オレたちがやらなかったら、先生が夜、一人で片付けるんでしょ?」と聞くので「先生もやらない、だってイヤになっちゃったんだもの」・・・すると、やろうとする子と全くやらない子とに別れた。そのうちに、子どもたちから「一人一人が、みんなが、やらないとできない」という言葉が聞かれた・・・
と、5歳児を担任している方が1学期の様子を話してくれました。担任の気持ちを汲んでしまう子どももいますが、そうでない子どももやはりいます。
保育者の気持ちを汲み保育者が望む行動をしようとする子どもたちをクラスの主流にしていくことが、上手な保育者、上手なクラス経営なのだとする考えもありますが、それが全てではないだろうと思います。
「イヤになっちゃったんだもの」という保育者自身の言葉に表れているのは、前提として「しなければならないこと」として「片付け」が存在することへの疑問だったのではないでしょうか。
この方は、その時点で「片付けという言葉を使わないようにしよう」と心がけられたそうです。「きれいにしてから食べよう」「しまってから遊ぼう」と言い換えたそうです。
「片付け」という単語にしみついた、「前提として、しなければならない」という意味合いに対して、「何かを食べるときは周りがきれいになっているほうが気持ちよく食べられる」「一度使ったものは、しまっておくとなくらなくていい」・・・といったように、しなければならないからしているのではないという意味合いを持たて、自分の言葉を使うように留意されたわけです。
その頃から、クラスの子どもたちの遊び方、遊びの広がり方も変わってきていることが感じられたそうです。
別の園の3歳児を担任されている若い保育者の方。
2学期になり子どもたちは保育室内の「ままごとコーナー」「粘土のコーナー」で、1学期のことを思い出したように遊んでいるが、1学期はそれぞれのコーナーのモノがいりまじることがなかったのに、最近、粘土がままごとコーナーに持ち込まれたり、粘土に色紙が混じったりするようになった、とのこと。
一緒にクラスを担任しているもう一人の保育者も成り立ての方のようで、二人でどうしたらよいのか迷っているのだそうです。
せっかくキレイに遊んでいたのに、素敵なままごとコーナーの遊具にくっついた粘土や、ちぎられた色紙がまじってしまった粘土を見ると、それぞれのコーナーをそのままにしていてよいのか迷うわけです。
素敵な木製のままごと遊具はしまってしまい、安物でも本物の食器や調理器具などを用意して、心置きなく使わせるほうがいいのだろうか・・・
そのクラスの子たちは、1学期のうちはキレイに遊んでいたのでしょうね。
2学期になって、場を行き来する子や、他の場からモノを持ち込む子が表れ、周囲の子どもたちもその面白さに気づき「動き」始めたのだろう、と少し経験のある保育者ならばそう思うでしょう。
そうとらえたとすれば、それからは保育者のちょっとした覚悟が必要なのだと思います。
心置きなく使わせることができるモノを用意していくこともいいかと思います。
しかし、それが保育者の安心のための環境となってしまっていないかは、問う必要があります。
子どもたちがモノを移動させたり、別の場に持ち込んだり、混ぜ合わせたりすること自体に子どもたちの育ちをとらえたいわけですから、ここは一つ、保育者の時間的なコストをかける時なのではないでしょうか。
こびりついた粘土を丁寧にとってまとめたり、混じってしまった色紙を取り除いたりする時間は、子どもたちの育ちに必要なコストなのだと考えてみてはどうでしょうか。
園の他の保育者に対して、自分はそう考えて今はこうしているということを伝えることが大事だと思います。
そうすることで、3歳児の保育室のコーナーの設定の仕方や、具体的にどのような質のモノをそこに置くのかといったことを、園のみんなで考えることにつながっていくのではないでしょうか。
週末の土曜日ということで、他のメジャーな研究団体の研修会も同じ日にあったそうです。
美容院にも行きたいし、どれにしようか迷ったあげく、選んで来てくださった方もいらっしゃいました。
遊びの環境を具体的に「こうすればよい」といった話ではなかったので、参加された方の満足につながったかどうかはわかりませんが、「その後どうなりました?」と聞いてみたい内容で、断続的にでも続けて深めていきたいテーマでした。
ご参加の皆さん、ありがとうございました。
(松山東雲短期大学 相馬靖明)
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