2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« 保育課程総論の授業10回目 | トップページ | 保育課程総論の授業11回目 »

アイスナー「教育が芸術から学ぶことができるもの」・・・小学校の授業研究とアート

「教育美術」誌では現在、『「思考力・判断力・表現力」と美術教育 』(ふじえみつる)が連載されています。

愛知教育大学のふじえみつる先生が、アイスナーの論説を紹介し、美術活動と「思考力・判断力・表現力」との関わりについて考える、というものです。

アイスナー論説はこちらでダウンロードできます。
また、抄訳は北海道の中学美術教師、山崎先生のブログにあります。

アイスナーと言えば「教育的鑑識眼と教育批評」として、1990年代に、子どもと保育実践研究会の夏季全国大会で、森上史朗先生が「保育における評価」を考える際にとても参考になる考え方だと紹介されました。

この連載では例えば、アイスナーは

「もともと「言葉の読み書き能力」に由来する「リテラシー」という概念を、芸術活動のような言語によらない高度の認知形式を含む「多元的なリテラシー(multi-literate)」にと広げることを求め、それを「言語の慣用的な形式では効果を伝えられない意味を創り出すことを可能にする表現(representation)の形式を創造し使用する」能力」(平成24年3月号51〜52ページ)

と述べているといいます。そしてアイスナーは

「多元的リテラシーのそれぞれが、世界における人間の在り方、経験の仕方、意味の発見と表現に関わっていて、人によっては、あるリテラシーは苦手でも他のリテラシーは得意であることもあり、学校には多様なリテラシーを学ぶ場としての公正さが求められていると主張します。」(同52ページ)

この辺りを読むと、アイスナーとハワード・ガードナーらのプロジェクト・ゼロは互いに影響を与え合いながら進んできたのだなということがわかります。


先日、都内のある小学校で算数の研究授業と研究協議の後、前の図画工作科の教科調査官だった奥村高明先生のレクチャーがあるというので、参加してきました。
奥村先生の著作「子どもの絵の見方」の書評が、前述の山崎先生のブログにありますので、ぜひご覧ください。
副題に「子どもの世界を鑑賞するまなざし」とあります。

レクチャーは、多分奥村先生が調査官として全国の小中学校の研究授業や公開授業で撮り貯めてきた映像をもとにしたものでした。
幼稚園や保育園の映像もありますし、図工や美術の授業だけでなく、国語、算数、数学、音楽などの授業もありました。
奥村先生は、
子どもの視線や子どもの手元をよく見なさい、そして周囲との関係性に目を凝らしなさい
と述べられていました。

例えば、幼稚園の事例
段ボール箱が床に広げられ、男児がローラーを手に塗っています。
ほんの数秒間の動画なのですが、奥村先生は「この子の手元に注目」といいます。
確かに、手首を少しひねったようなシーンがあります。
「この場面を見た担任の先生は、見事に次の手だてを考え環境を構成し直しました。さて、何を見てどうしたのでしょう?」

答えは、「筆を用意した」なのですが、段ボール箱を広げたものは折り目の所に段差ができて、ローラーでは塗るのが難しく、この男児はローラーの角を使って段差部分を塗ろうとしていた、というのが先の映像でした。
その様子を見た保育者は、「ローラーの動きとその軌跡を楽しむ」というより「面を塗りつぶしたい」ならば「太い筆と水を多めに溶いた絵の具」であろうと環境を構成し直した、ということだったのです。
とても刺激的なレクチャーでした。

保育がアートに学ぶこともたくさんありそうです。

相馬靖明(和泉短期大学)

« 保育課程総論の授業10回目 | トップページ | 保育課程総論の授業11回目 »

研究所スタッフの活動日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 保育課程総論の授業10回目 | トップページ | 保育課程総論の授業11回目 »