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2018年度夏季全国大会 要旨

2018年度夏季全国大会の要旨は以下となります。
たくさんの方のご参加をお待ちしています。

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実践提案&シンポジウム
「遊びや生活を通して感じることと表現すること」

 子ども主体の遊びが学びの保育の重要性がますます注目される中、子どもが遊びや生活を通して、いかに主体的で、モノや人ととの対話を通して、豊かな表現が生まれるかはとても大切なテーマです。
 かぐのみ幼稚園では、昔から子どもの遊びと造形表現を大切にしてきた園です。かぐのみ幼稚園での保育実践から、遊びや生活と表現について考えていきたいと思います。
 特に、今回の実践提案者は、3年目の保育者です。若手の保育者が、子どもと共に保育を生み出し、語ることについても考えていきたいと思います。

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講演&鼎談 
「保育における「やさしさ」について ~ブルームの「反共感論」をふまえて~」

 最近刊行されたポール・ブルームの『反共感論―社会はいかに判断を誤るかー』(2018年)は、一読して「ほとんど立ち直れないほどのショック」を受けました。それは、「他者が感じていることを感じ取る」とか、「他者の身になって感じる」とか、これまで小生を含めて多くの人たちが「共感」と呼び、それこそが保育の原点だとしてきたことが、むしろ暴力や排除などの非道徳的行為を引き起こしたり、反道徳的行為を正当化するもとになっていたりすることを、さまざまな事例や鋭い論考で、これでもかこれでもかと解き示しているのです。
 これはただならないことだと痛感したので、きちんと読み取ろうと思って原著を取り寄せたのですが、その原著を手にして、またまたショックでした。それは原著の表題が

Against Empathy: The Case for Rational Compassion
(共感に対抗する:知的なやさしさに向かうことの論拠)

だったということです。“rational compassion” を「知的なやさしさ」と訳出する根拠については講演でくわしく話しますが、あえてナゾめいたことを言って、みなさまの興味を喚起しておきます。それは村上陽一郎が「死に立ち会うこと」を徹底的に論考した
『<死>の臨床学』(新曜社、2018年)の最後に到達した「結論」にもかかわり、さらに、最近ではない近刊書の村井実著『教師と「人間観」』(東洋館、2015年)の後半で福澤諭吉についての
 詳細かつみごとな論考の中で、福澤諭吉の思想と生き様、人物を総括することばとして、“「やさしい」人、福澤諭吉”―実態は時の政府に強烈に対抗した強い人ですがーと宣言していることにかかわります。
乞う、ご期待。

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分科会A

 幼稚園の2歳児保育の本格化に加え、保育所でも連携園からの転入など多様な利用形態が広がり、「2歳から3歳への接続」を考えることはこども園独自の課題ではありません。そこで本分科会では、2歳までの保育の充実を3歳以降の教育・保育の変革につなげ、2017年に発表された映像(「ある認定こども園の挑戦Ⅱ育ちあう保育」岩波映像)においても接続期のあり方について発信されてきた「さざなみの森こども園(東広島市)」の実践について、保護者の立場から語っていただきます。
 当日は、山崎家第2子(現在、4歳児クラスに在籍)も出ているさざなみの森映像から2歳から3歳への接続期の部分を紹介し、母親の目から見えた当時の様子を振り返っていただきます。さらに、当日はご夫婦で参加されますので、父親の立場からのお話も伺うことができるとのことです。

 接続期は、子どもにはどのようにとらえられていたのでしょう。子どもの立場からの意味をご参加の皆さんと共に考えていきます。


分科会B

 鳩の森愛の詩保育園の特徴的な水色の扉を回りこむと現れる小さな門扉。先生が笑顔でお迎えくださる。すると、先生の足元から「みて、みて!ほら!」と男の子が出てきた。3歳ぐらいだろうか。その小さな手に摘まれてブラブラと下がっているのは12〜3㎝のミミズだ。「あのね。こっち。」と園庭へと案内される。夕方のゆったりとした時間に、自分の発見をキラキラした瞳で伝えようとする男の子。訪れて3秒、私はすっかりこの園の雰囲気に包みこまれてしまった。

 今回ご紹介いただく事例は、1歳の子どもたちの(色)水遊びである。0歳の頃から感触遊びに親しんできた子どもたちに、5月のある日、ペットボトル数本に食紅で色をつけた色水が用意された。子どもたちは興味津々で色水に手を伸ばすのだが、そこで子どもたちが興味を広げ、遊びが発展していく様子は、まさに「考えて遊ぶ」姿である。子どもたちの表情は真剣そのもの。そして、先生たちも子どもたちの反応を真剣に楽しんで、子どもたちの姿に耳を傾け、目を凝らし、心を澄ませる。
これらの事例を基に、0,1歳児の子どもたちの「考える」という姿や力を改めて味わい、発見することを通して、それらを日々の遊びの中で引き出す環境や、子どもの傍らにいる大人のまなざしやかかわりについて、会場のみなさんと共に考えたいと思う。


分科会C

 保育をしていると思うようにいかないことが起こります。この遊びをもっと面白くしたいのに、こんな保育をしたいのに、あるいは遊びからもっと豊かに展開させたいのに。
「どうせ無理なんじゃないか」「うちの園では無理だと思う」という思いが頭をよぎることもあります。
 そんなときこそ、自分の悩みをさらけ出して、仲間や同僚と話し合うと「だったら、こうしてみたら?」というアイデアの出し合いが起こるかも知れません。いろいろな勉強会に足を運ぶ。「こうしたら、うまくいくかも!」というアイデアが湧いてくる。すると、見えなかった子どもの姿が見えてくるかもしれません。同僚や保護者に語りたくなる保育実践が生まれるかもしれません。
 そうなると、きっと保育がさらにおもしろくなってきます。
 現実は、うまくいくことばかりではありません。むやみに理想を語るのではなく、とはいえ、現実への愚痴にとどまることなく、西井さんの実践提案を手がかりに、保育がおもしろくなるためのヒントを参加者のみなさんと一緒に見つけたいと思っています。


分科会D

 保育が「見える」ようにするための様々な道具、媒体は、ICTの発展にともなって、ますます多様になっています。けれども、その多様な道具は、本当に保育が「見える」ことに、そして保育がもっとおもしろくなることに、うまく役に立っているでしょうか?
 今回は、2歳児クラスの子どもたちと共に、電車をめぐるプロジェクトがどんどん面白くなり、広がり深まって行った実践を紹介して頂き、そこに、どのように多様な「見える化」が関わっているのかを検討していきたいと思います。
 ハッピードリーム鶴間では、もともとドキュメンテーションを作る環境、道具が整えられ、丁寧に保育の見える化に取り組んでいらっしゃいます。けれども、今回の2歳児クラスの子ども達との実践は、その環境や道具だけがもたらすのではない、また、保護者に見えるようにするだけではない、本当に保育の日常を深めていく中に埋め込まれている多様な「見える化」のありようを紹介していただくものになっています。その実践から学び、参加者のみなさんの園、それぞれの保育の「見える化」を始めたり深めたりするきっかけを共に考える時間にしていきたいと思います。


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