2008年最後の「保育者論」の授業がありました。
2クラス体制の講義なので、ハッピーマンデーなどの関係で月曜振替の日があると、1クラスだけ同じ週に2回ということがおきます。
実習の時期などを考えると、2クラスの授業内容の進行を揃えて進めていく必要があるのですが、その調整がなかなか難しい実態があります。
授業の進行を揃えるためには、内容的に連続性のないものを用意しておく必要があります。
実は今回は、Aクラスで既に実施した内容を、時期をあけてBクラスでも、ということだったわけです。
今回は『子どもをみる目』(ある保育者の実践記録から)というVTR作品を試聴しました。
岩波映画の作品で既に30年を経過しています。
私自身、大学の4年生の時に、「初等教育原理」の時間で見ましたが、当時はチンプンカンプンだったのを憶えています。
私と「保育」との出合いでもあるこの作品を、ぜひ今の学生にも見てもらいたいと思いました。
【岩波映画の作品紹介より】
『子どもをみる目』(ある保育者の実践記録から)
1978年/カラー/16ミリ/45分/岩波映画製作所
製作:田中勝志・藤瀬季彦/企画演出:時枝俊江/撮影:八木義順
録音:佐久間俊夫/ナレーション:伊藤惣一
舞台:東京都中野区立 東中野幼稚園
登場する先生:吉田真弓先生
すっかり仲間同士の社会を作り上げた幼稚園年長組の子どもたち。なかでものぼるは人望の厚い、頼れるリーダーです。でも、周りのみんながのぼるにくっついて回るだけの状況になってしまったことが先生には気がかりです。のぼるが幼稚園を休んだある日、先生は思い切ってのぼる抜きで新しい遊びを始めるようにみんなに仕向けるのですが・・・
「子どもをみる目」では、保育者からの要望に応えて、子どものあるがままの姿を記録することに最大の注意が払われています。専門の保育者も舌を巻いた時枝監督の"子どもをみる目"の確かさと、「撮影の合間にできるだけ子どもに接して子どもたちの性格をおぼえた」「ひとりの子どもの表情から、他の子どもの次の行動を予測できるように心がけた」という撮影スタッフの努力が結実した作品です。
今見ても、全く古さを感じさせません。
出たのが1978年(昭和53年)ですから、映像自体は1977年(昭和52年)でしょう。
1977年は、王貞治がハンク・アーロンを越え、TVが完全カラー化され白黒放送が無くなった年だそうです。
古さを感じさせないというか、「6領域」の時代に、この実践があったことの意味の大きさを感じます。
学生の感想です。
「遊びの中でイメージしながら、友達同士でコミュニケーションをとり、子どもにとっての遊びは、大人には分からないくらい子ども同士が深く関わったものとなっていると思う。」
「積木で基地を作っていて、基地でお弁当を食べていたのが珍しいと思いました。昼食の時間になったら遊んでいたものを片付けるのが普通だと思っていたので驚きました。しかし、昼食の時間になって遊びが途切れてしまうのでなく、遊びの余韻や基地を作った達成感を味わいながら、楽しく食べることができてよかったと思いました」
「いつもリーダー的な存在で遊びを引っ張っているのに、自分の知らないところでみんなが新しい遊びをしているとショックだし、自分の中にプライドがあるから、自分から“入れて”とは言えない。でもその子にとって良い経験になったのだと思う。古いビデオだというけど、子どもの姿は今と全く変わらない。子どもたちとのかかわりは、古いとかそういうのではない。このビデオは先輩の先生からのアドバイスだと思った。」
「映像は・・・とっても古い!と思ったけど、子どもがやることや考えることは今とそんなに変りはなく、逆に今よりも自由な感じがした。今は安全面や衛生面でかなりうるさくなっているから、子どもの活動も制限されている気がする。子どもの発想を大切にすることで、子どもの生き生きさも違ってくる。いっぱい遊んでもらえる保育がしたいなぁと思った。」
「子どもの遊びの広がりに寄り添って、子どもたちが伸び伸びと活動できるように、様々な素材が用意されている。トラブルになっても、子どもの気持ちを受け止めながら、どうすればよいかを一緒に考え、無理やり変えさせようとするのでなく、保育者自らが共に動くことで、子どもの気持ちの変化が起きるようにしていたと思う。」
「今とは違う子どもたちの遊びが見られる、と思ったがあまり変っていなかった。保育者の援助もあまり変化なく、“保育”は流れにあまり左右されない、と感じた」
「昔のビデオなのに遊びは今と全くといっていいほど変ってなかったように思います。子どもたちはたくさんしたいことや作りたいもののイメージがあって、それをより近づけるために努力していると思います。その努力から、ハサミの使い方を身につけたり、ものの作り方を考えたり、友達同士で話し合う力を養ったりしているのだと思った」
「1日目、エレベーターをみんなで作り上げられたのは、ノボルくんという存在がいなかったから。いつもはノボルくんの言うことに遠慮しながら遊んでいたのかもしれないけど、ドアをつけたり、ロープを上下させたり、協力して伸び伸びと活動できた。2日目、ノボルくんが来た時、ノボルくんの気が乗らないのは何となくわかっていたけど、その時の対応には、きっとうろたえてしまうだろうな」
「毎日毎日、たくさんのコト・モノに興味をもって遊んでいる子どもたちは、友達がどのようなものを作るのか、どんな風に遊んでいるのかを見て、友達に頼ったり相談したりできるようになっていくのだな、思った」
「所々で、保育者が「どうする?」と投げかけていた。子どもたち自身にどうしたいかを考え、相談し、協力していくことを促す、このような配慮がとても大きいのだと思った」
「同じ材料から、こんなに遊びが展開されていくのに驚きました。その子どもの様子を保育者はしっかり見ていて、こどもの想像の世界を壊さないように伸ばしていけるようなかかわり・援助、私もしてみたいと思いました。」
「大人だったら、無理だと思ってやらないと思うけど、子どもなりの発想で、人は乗れないエレベーターだけど、動くようになったのに感動した。」
「子どもたちのイメージが次々と実現されていくのは、実は環境が整っているからだと感じた」
「何を今必要としているのか、子どもと一緒になって探すことが大切だなと感じました。」
子どもの世界は変っていない、という感想が多かったのですが・・・
というより、この2年、そのことをベースに授業を進めてきたわけなので・・・でも、実習先で、どのような「子どもの遊び」に出会っているかは、本当に大きいなと思います。
実習の時期によっては、大きな行事が控えていて・・・ということもありますし。
私が以前非常勤をしていた専門学校では、通年の教育実習をしていました。
通年実習の難しさは多々あると思いますが、これから、4年制の保育者養成が主流になり、修士をもつ保育者も出てくると、そのような体制をどう作っていくかということも課題になります。
(松山東雲 相馬)
最近のコメント