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分科会A報告(その2)

今回、話題提供をしていただいた南先生を紹介してくださったのが、前の都図研会長、辻政博先生です。
辻先生は現在、聖徳大学などで図工や保育の造形表現の授業を担当されています。
辻先生のブログで、Facebookでのやり取りをご紹介いただきましたので、こちらにも転載させていただきます。

「内容教科」と「表現教科」と述べられていますが、分科会で南先生は、「内容教科」と「資質教科」という言葉で、他の教科と比較しての図工の特性を述べられていました。
南先生は、幼児期の育ちが、資質教科である図工にもその他の内容教科にとっても、その基盤となっているんだということを改めてわかったと述べられていました。
そのつながりでの、以下のやりとりとなります。


以下、http://hitsujicafe.at.webry.info/201208/article_62.html
より転載
*************************
保育と図工


◯夏真っ盛り。いろいろな研究会が各地で開催されているようです。

保育の研究会なども、面白いものが開催されていますね。都図研で活躍されている南先生も発表者として参加されたようです。

幼児の育ちを基点に、その後の造形教育のあり方を考えて行くのは、たいへん重要なことであると思います。

「子どもと保育実践研究会・子どもと保育総合研究所BLOG」をご紹介します。

http://kodomotohoiku.cocolog-nifty.com/blog/

ちなみに、FBでの、相馬先生とのやり取りも紹介致します。FBでのコメントですから、突っ込んだ話はできませんが、結構重要なポイントが出ていると思うので、引用させていただきます。


幼稚園と小学校の図工を通しての接続を探る様子もみられます。各学校種の先生方は、幼児を基点に、その後の流れを考えるのがよいかと思います。よく小中連携などでは、上からの視点で、ものごとを見てしまうことがあるようですが、逆ですね。

相馬 靖明
学習指導要領では、図画工作科の[共通事項]として記されていることなどを読むと、図工の成り立ちは保育に近いことがわかります。イメージを基にする活動では、「自分」がスタート地点になります。幼稚園教育要領では「幼児の自発的活動としての遊び」と記されているように、遊びや生活の様々な場面で、幼児一人一人がものごとの出発点になることを身体を通して経験することが大切にされています。このことは、図工には直接つながっているので接続が見えやすいのですが、その他の「内容教科」(学年ごとに内容が系統的に示され、教える→憶えるが重要視される教科)にとってもそのベースとなっているのだということが見えにくいのだろうと思います。

Masahiro Tsuji
ご指摘の通り、「内容教科」は「教える→覚える」ルートが重視されるため、子どもの育ちの過程が、見えにくくなっていると思います。「表現教科」である図工・美術でも、最近、ちまたを席巻しつつある「~方式」は、教師の思い描いた「型」「モデル」に、子どもをはめ込もうとするもので、「ものごとの出発点になることを身体を通して経験する」ということが重視されていない状況も多くあるようです。いわゆる「プログラム学習」のようなものが重視され、子どもが「発見」していく過程が重視されていないようです。そのような意味でも、幼児の育ちの過程は、たいへん大切ではないかと思います。がんばってください。

Masahiro Tsuji
少し、「用語」の注釈をしてみると、現在の図工の学習指導要領解説では、「発達段階」という言葉は、使われておらず、「発達の段階」という使い方がされています。「の」が入るのです。これは、従来の「発達段階」が、指導内容の指標となって、学年別に「できうること」(内容)を分節、設定し、その目標の鋳型に、子どもはめる傾向として使われいたことに対する反省から使われているようです。また「習得」も、基礎的な知識、技能にかかわる言葉ですが、図工においては、表現や鑑賞などのひとまとまりの学習活動と学習内容がわかちがたく結びついていているように構成されています。ですから、内容に関する文言も「◯◯活動を通して、次の事項を指導する」となっており、「事項」では、資質や能力が述べられる形になっています。よって、相馬先生が述べられた・・・その他の「内容教科」(学年ごとに内容が系統的に示され、教える→憶えるが重要視される教科)・・・とは、また異なる記述がされており、図工の教科の特性がそこにある、と考えられます。これらの活動は、「題材」という具体的な教材のなかでおこなわれていくことになるのですが、他教科が「単元」という言い方で「内容」を体系的に分節し、その「習得」に力を入れているとは、大きな違いがあります。保育では、従来の領域主義が、解体されており、この意味で、現在の図工の教科のとらえと、非常に近いと考えられます。すみません、細かいですが、最近気になることでもあったので、長くなりました。


相馬 靖明
幼稚園教育要領では早くから、年齢別の内容の示し方はしていませんでした。
保育所保育指針は数年前の改定で幼稚園教育要領と共通化が図られましたが、それまでは年齢別の内容が示されていました。また同時に、発達段階ではなく「発達の過程」という言葉が使われるようになりました。これらのことも、図工の指導要領と同様の考え方があるからです。

書評「対話がクラスにあふれる!国語授業 言語活動 アイディア42」

北海道の中学校国語教師、石川晋さんの新著です。
重版してますが、手に入れるにはしばらくかかるような状況のようです。

アマゾンのサイト

保育者養成校の教員の方が読んだとしたら、「似たような工夫してます!」「あー、そういうことだったのか」という声が聞こえてきそうです。

目次と、本文の一部を紹介します。
出版社は明治図書ですが、単なるハウツー本ではないことがわかると思います(笑)。

1章「国語の教室の現状をどう捉えどう変えるか」

「現在、生徒の話し合い活動は、おしなべて低調だ。一見活発に議論しているように見えても、実際は数名の生徒が中心となって発言しているに過ぎなかったりする。」(p.9-10)
「さて、こうした厳しい状況を乗り越えるための重要な手がかりとなるのが、「教えやすさ」と「学びやすさ」の考え方である。」(p.13)

2章「なぜ、国語の授業に「対話」が必要なのか」

「この2つの授業を見せていただいて、よく見えてきたことがある。それは「対話」の価値を説明し、「対話」そのものを促すしかけを考え、体験させていかなければ、その力は育たないということだ。」(P.29)
「教科によっては、一部の生徒が立ち歩きや私語を繰り返している。実はこの一群の子供たちの動きに手掛かりがある。この一群の生徒同士のコミュニケーションが、極めて旺盛なのだ。教室で授業中に立ち歩きが発生する場合、あるいは数人の生徒を飛び越えて大声の私語が飛び交う場合、たいていは小グループの仲間同士のコミュニケーション活動になっている。つまり、子どもたちが「安心」して座って先生の話を聞いたりしにくい状況の中、少ない友人を頼りに安心感を得ようとしているのだ。」(p.31-32)
「活動中心の授業で「対話」を生み出していくために重要なのは、対話の「フレーム」づくりである。話しやすい「場」をいかに創出するかが、「指導」の中心になる。いわば「安心」を土台とするということである。しかも「対話」の「活動」体験を繰り返すことで、「安心」が生まれてくるという構造だ。」(p.33)


全6章の構成で、4、5、6章は具体的な授業のでの、教室環境の例やワークの実際が紹介されているのですが、石川さんの実践のエッセンスである1〜3章をじっくり読むことをお勧めします。
一番最後に引用した文章等は、「幼稚園教育要領解説」や「幼稚園教育指導資料第3集」などに「描かれて」いることと、情景は全く一緒ではないでしょうか。

そして、私が一番共感したのは第3章43ページの以下の文章でした。

「生徒がざわつく場面があっても、コワモテの先生が大きな声で威厳を持って「静かにしろ」と言えば、それで、済んでいた。離席などそうした先生の授業ではあり得ない話であった。生徒の「掌握」があり、その上に様々な学びが乗っていると見えた。
教師の特性・キャラクターによって授業の在り方は千差万別であると知った。また私自身は「コワモテ」キャラクターを持ち合わせた教師とは違う「立ち方」を必要としていると感じた。結果、私の選んだ「立ち方」は「掌握」ではなく「観察」であった。」(p.43)


新刊なのに、少し引用しすぎたかもしれません(笑)
保育者には、「へえ、そんなこと考えている中学校の先生もいるんだねえ」だと思いますが、養成校教員にとっては、目の前の現実です。

石川さんは、現在、育児休業をされていますが、育休が明けたらぜひ、保育の話として中学校教師の日常を語っていただきたいと思っています。
育休パパの話も面白そうですよね。

相馬靖明(和泉短期大学)


またまた、最近のいろいろ・・・

2週間ほど、ブログの更新を休んでいましたが、その間にもいろいろな所に行っていたわけで・・・連続してUPしております(笑)

□和光保育園と野中保育園

千葉県富津市の和光保育園と、静岡県富士宮市の野中保育園に行ってきました。
和光保育園へは、相模原市の立正保育園坂本先生が、大妻女子大大学院で書き上げられた修士論文の報告に同行させていただきました。

坂本先生の修士論文は、保育園での「くつろぎ」をテーマとしたもので、和光保育園を含め3カ所の保育園をフィールドに、撮影した映像から子どもの身体的な「くつろぎ」の姿を洗い出し比較したものです。
和光保育園の「くつろぎ」の特徴は、園舎外の環境の豊かさや、机と椅子を基本としない生活空間との関係にあるようです。

和光保育園は、お寺の里山の中に、50年前に旧兵舎を解体して建てられた園舎(兵舎として60年、計110年!)だそうです。
当日は、保育参加の時期で、数名の母親や父親が園に来て子どもと一緒に過ごしていました。
鈴木まひろ園長先生と、隣接するお堂の階に腰かけ語ることができました。
まひろ先生は、貨幣価値に換算できない価値があり、それに立脚した生活の在り方がある、ということを家族に向けてモデルとして示すという役割が保育園にはある、とおっしゃっていました。
4年間を四国で過ごした私には、お堂を包み込む里山の空間、杉や銀杏、楠などの巨木、裏山に父親たちが作ったという展望デッキからの富津岬と大貫沖の景色を見ながら語られるそれらの言葉が、実感を伴って聞こえてきました。

野中保育園は、25年ほど前の学生時代に「童童会」で、港北幼稚園のバスに乗って見学に行ったとき以来の訪問でした。
童童会とは、青山学院の学生と卒業生の教師・保育者や研究者の交流と学びの集まりでした。当時も上野のパンダの出産が話題となっていたのだなあと思い出しました。
私と大豆生田さんが20代の前半、渡辺英則さんが30代に入ったばかりではなかったかと思います。
その時は、静岡に宿泊し静大附属幼稚園、ねむのき学園なども見学しました。
深夜、ビジネスホテル隣の児童公園のジャングルジムに登って、3人で語ったことを思い出します。

今回の訪問は、ちょうど隣の市の乳児院で保育実習が行われていてその巡回指導の帰り道に寄ったものです。
ご存知のように仙田満先生の設計による園舎なのですが、副園長の中村先生によると、さすがに年数を経て建て替えが検討されているとのことでした。
28年前は休日の訪問だったため子どもたちのいない園舎を見学しましたが、今回はちょうどお昼時にうかがいました。
2歳児クラスの保育室玄関先の、あちこちにいろいろな向きで転がっている子どもたちの靴が微笑ましかったです。
いいですよねえ、子どものエネルギーが感じられます。
野中保育園と言えば「泥んこ」ですから、園内では裸足で過ごすことが多いようです。
短い時間の訪問ですが、靴に履き替えることを意識せずに、どん欲に遊ぶ姿が見られました。
何を優先しているのかがとてもはっきりしています。

こちらも、地方の大きな農家の敷地をそのままに保育の空間となっています。
当時は、仙田先生の設計されたモダンな園舎が注目されましたが、その周りの空間に大きな意味があったのだということを理解することとなった訪問でした。

鈴木先生、中村先生ありがとうございました。

□Babies As Mentors

先日紹介した、(株)ポピンズが主催する乳幼児教育学シンポジウムに参加しました。
今回は、ハーバード大学のプロジェクト・ゼロの研究員でったベン・マーべル氏の講演と、秋田喜代美先生、増田まゆみ先生らとのシンポジウムでした。
ベン・マーベル氏は、プロジェクト・ゼロの中でも「Making Learning Visible(学びの可視化)プロジェクト」に従事されたのだそうです。

今回のテーマ「Babies As Mentors」は、アメリカのハンプシャー大学チルドレンセンターと日本の東京大学けやき保育園との共同研究から着想を得たのだそうです。
この共同研究とは、日米をスカイプでつなぎ、それぞれの保育実践の映像を見合いコメントし合うといったものだったそうです。

その際のポイントとして次の点が上げられました。

Video Documentationを「対話の土台」にすること。
振り返りの手順(protocol)として 「Structure Conversation」を使うこと。
Structure Conversationとは、See Think Wonder。
探求を方向付ける、「主たる問い(Key Questions)」を明確にすること。
時間をかけること。
事例を作成すること。
他者の意見を取り入れること。


「see think wonder 」ですが、よく見ること、よく考えることなのですが、ワンダーが「驚く」というよりも「表現する」というニュアンスで使われていたように感じました。

映像の内容は、0歳児とそれにかかわる1歳児の映像でした。
その0歳児が翌年1歳児になって、0歳児に関わる様子や途中入園した1歳児の関わりの様子を、保育者がどのように価値付けたのかというものでした。

日米の保育実践には、明らかに文化の違いがあるのですが、文化の違いを超えて「共同的であること」の価値が確かめられた、というのが今回のテーマでした。

このところの一連の私の経験は、つながっているなあと感じます。
まだ整理しきれていないのですが、そのベースとなることが見えてきたように思います。
7月から9月にかけて、いくつかの保育者向けワークショップを担当することとなっています。
地域の幼稚園の小さな研究会もあれば、全国規模の研修会でのワークショップもあります。
そこへ活かすことができたらと思っています。

相馬靖明(和泉短期大学)

保育課程総論の授業11回目

先週は、大和郡山市立片桐西幼稚園の公開保育とシンポジウムに参加してきました。
年長組の木下先生は、実践研究会の会員で研究所メンバーの小林紀子先生と保育学会でも発表されています。

園の近隣には会社名や地名に、法隆寺や斑鳩といったものがあり、歴史を感じさせる地域でした。
小学校の隣にある平屋の独立園舎で、いくつかの保育室や遊戯室、職員室などのある棟が屋根付きのテラスで結ばれていました。
国立大学附属幼稚園などでよく見られるタイプ、といえばイメージしやすいでしょうか。
園庭は、遊戯室の裏手に一段低くなった所にあり、周囲の畑地や樹園から見下ろされるようになっているため、外からの視線がうまくさえぎられているように感じました。
職員室や保育室の棟からの見通しがきかないのは、保育者としては使いにくさなのでしょうが、当日370名を超える参加者があったということで、人で溢れかえった保育室からは遮断された空間として、子どもたちはゆったりと遊んでいました。

保育環境の写真撮影はOKということでしたので、少し写真を撮ってきました。
また、公開保育ということで、この期の年間指導計画と当日の指導案が用意されていました。
3歳児のクラスでは、保育室にカタツムリ(!)の飼育ケースがあり、壁面には子どもたちの作品が掲示されていました。
降園時には、3歳児担任のオリジナルペープサート「でんちゃんのお話」が演じられていました。


ということで、保育課程総論の授業では、「この幼稚園の5歳児クラスに、来年の6月、教育実習に行くことになった」というシチュエーションを設定してしばらく授業を進めていくことにしました。
今回は、カタツムリの紙人形作りをし、その手順をイラスト化します。
私が黒板に描いたものを元に、学生が描いた手順イラストです。

Katatumuri


Katatumuri2

次週は、教育実習の最後の1週間の中で、紙人形を作ることができるコーナーをどこかに設定し、その紙人形を使って、幼児と実習生が簡単なお話を即興で作って演じる、という実習内容に向けて、年間指導計画を詳細に読んで、幼児の実態を予想して書いてみる、ということをする予定です。

アイスナー「教育が芸術から学ぶことができるもの」・・・小学校の授業研究とアート

「教育美術」誌では現在、『「思考力・判断力・表現力」と美術教育 』(ふじえみつる)が連載されています。

愛知教育大学のふじえみつる先生が、アイスナーの論説を紹介し、美術活動と「思考力・判断力・表現力」との関わりについて考える、というものです。

アイスナー論説はこちらでダウンロードできます。
また、抄訳は北海道の中学美術教師、山崎先生のブログにあります。

アイスナーと言えば「教育的鑑識眼と教育批評」として、1990年代に、子どもと保育実践研究会の夏季全国大会で、森上史朗先生が「保育における評価」を考える際にとても参考になる考え方だと紹介されました。

この連載では例えば、アイスナーは

「もともと「言葉の読み書き能力」に由来する「リテラシー」という概念を、芸術活動のような言語によらない高度の認知形式を含む「多元的なリテラシー(multi-literate)」にと広げることを求め、それを「言語の慣用的な形式では効果を伝えられない意味を創り出すことを可能にする表現(representation)の形式を創造し使用する」能力」(平成24年3月号51〜52ページ)

と述べているといいます。そしてアイスナーは

「多元的リテラシーのそれぞれが、世界における人間の在り方、経験の仕方、意味の発見と表現に関わっていて、人によっては、あるリテラシーは苦手でも他のリテラシーは得意であることもあり、学校には多様なリテラシーを学ぶ場としての公正さが求められていると主張します。」(同52ページ)

この辺りを読むと、アイスナーとハワード・ガードナーらのプロジェクト・ゼロは互いに影響を与え合いながら進んできたのだなということがわかります。


先日、都内のある小学校で算数の研究授業と研究協議の後、前の図画工作科の教科調査官だった奥村高明先生のレクチャーがあるというので、参加してきました。
奥村先生の著作「子どもの絵の見方」の書評が、前述の山崎先生のブログにありますので、ぜひご覧ください。
副題に「子どもの世界を鑑賞するまなざし」とあります。

レクチャーは、多分奥村先生が調査官として全国の小中学校の研究授業や公開授業で撮り貯めてきた映像をもとにしたものでした。
幼稚園や保育園の映像もありますし、図工や美術の授業だけでなく、国語、算数、数学、音楽などの授業もありました。
奥村先生は、
子どもの視線や子どもの手元をよく見なさい、そして周囲との関係性に目を凝らしなさい
と述べられていました。

例えば、幼稚園の事例
段ボール箱が床に広げられ、男児がローラーを手に塗っています。
ほんの数秒間の動画なのですが、奥村先生は「この子の手元に注目」といいます。
確かに、手首を少しひねったようなシーンがあります。
「この場面を見た担任の先生は、見事に次の手だてを考え環境を構成し直しました。さて、何を見てどうしたのでしょう?」

答えは、「筆を用意した」なのですが、段ボール箱を広げたものは折り目の所に段差ができて、ローラーでは塗るのが難しく、この男児はローラーの角を使って段差部分を塗ろうとしていた、というのが先の映像でした。
その様子を見た保育者は、「ローラーの動きとその軌跡を楽しむ」というより「面を塗りつぶしたい」ならば「太い筆と水を多めに溶いた絵の具」であろうと環境を構成し直した、ということだったのです。
とても刺激的なレクチャーでした。

保育がアートに学ぶこともたくさんありそうです。

相馬靖明(和泉短期大学)

保育課程総論の授業10回目

翌日、奈良県大和郡山市での公開保育に参加するため、この授業が終わったら新幹線に乗るためにキャリーバックを引っ張りながら授業に向かいました。

先日紹介した、小学校の図工室の先生、南育子先生の実践は、「教育美術」誌2011年12月号に掲載されています。
図工室に伺った時に、南先生から「原稿料代わりに送られてきたから」と、私も1册いただきました。

「教育美術」という月刊誌は、図工や美術の授業実践だけでなく保育実践も毎号紹介されています。
この12月号は、西東京市の谷戸幼稚園の実践でした。
これがなかなかに面白い事例なのでした。

クラスの仲間、カタツムリとの生活

谷戸幼稚園の保育コンセプトはこちら

これを見ると、どのような保育が展開されているのかイメージできると思います。


さて、4歳児のクラスに担任の先生がカタツムリを持ち込んだ所から物語はスタートします。
みんながみんなカタツムリに注目した訳ではないのですが、カタツムリを「カタちゃん」と名付け、カタちゃんに関することで気づいたり描いたりしたようなことを1枚の模造紙(「カタちゃんテレビ」とネーミング)にレイアウトして「一緒に見る」状況を作り出すうちに、物語が動き出していきます。

例えば、幼稚園教育要領の第2章「ねらいと内容」のうち、「環境」の領域の「内容の取り扱い」では、

「・・・過程を大切にすること」
「・・・工夫すること」
「・・・を大切にし・・・養われるようにすること」

と表現されていますが、それらのことが、この事例では具体的にはどの部分にあたるのか、という読み方をすることができます。
また、ここで描かれている4歳児たちの知的な旅の物語はまさに、ハワード・ガードナーの言う「マルチプル・インテリジェンス」として理解することができます。


12月号の事例でしたが、ちょうど6月の授業なので、しばらくカタツムリをテーマにした授業を展開していく予定です。

相馬靖明(和泉短期大学)


保育課程総論9回目

今回の「保育課程総論(主に小学校教員を目指す学科での幼免科目)」では、絵本ではなく「おはなしのろうそく」(東京子ども図書館)から「ふたりのあさごはん(にし ゆうこ)」で始めました。

この作品は、元々は詩、ということでよいのではないかと思います。
「ねこのみけやはそのそばで おかかごはんをたべました」と、月曜日から金曜日までは、同じフレーズが繰り返されます。
土曜日に変化が起き「ねこのみけやのおかかごはん ちょっぴりもらってたべました」となり、日曜日には魚釣りに行って「ねこのみけやとふたりして おなかいっぱいたべました」と終わります。

「おはなしのろうそく」の挿し絵を、教材提示装置で拡大して映し出しながら、私が暗唱して、学生たちは繰り返しのフレーズで一緒に声を出します。

実習巡回などで園に伺い、保育室に入ると
「だれ?」「だれのおとうさん?」
と子どもが寄ってきて話しかける園があります。
「にほんじん?」
と、まじまじと顔を見たあとに一言、ということもあります。それも何度も(笑)
しかし、これだけは苦手です。
「お客様にはなんて言うのかな?そうだね。じゃあ、みんなで一緒に言いましょう。せーの」

子どもたちは声を揃えることが大好きです。
例えば、片付けを始める時間になったことを知ると、自分の遊んだところは放っておいても、園庭に向かって声を揃えて「おかたづけですよー」と呼びかけ始めるような姿です。

私が初めて幼稚園でクラス担任をした時は、5歳児年長組の担任でした。
始業式から数日たってお弁当が始まりました。
支度ができたので、私が
「いただきますして、食べようか。いただきまーす。」
と言うと、子どもたちは「えっ?」という顔をしました。
「あれ?いただきます、しないの?」
というと、「おとうばんは?」と言うので、聞いてみると、4歳児クラスでは
「ごよういは いいですか?」
「いいですよ」
「それではみなさんごいっしょに」
「いただきます」
とやっていたと、説明してくれました。

私は、しばらくの間はそのやり方でやることにしました。
そのうち、グループ毎にテーブルを囲んだり、積み木で食べる場所を作ってそこにテーブルクロスをかけてたべたりすることを組み入れながら、同じグループの仲間が揃ったら、いただきますと言って食べ始めるようにしました。

転勤して2園目の幼稚園では、月に一度、地域のお話の会の方が、おはなしのろうそくの作品を中心に、お話を語ってくださる日がありました。
クラス毎に年齢に合わせた内容で話してくれます。
「ふたりのあさごはん」は何ヶ月か続けてくださったので、いつのまにかみんなでそらんじるようになっていました。

この幼稚園では、挨拶の言葉などを「みんなが揃って」言うことよりも、「一人一人が自分のタイミングで相手に向けて」言うことを大切にしていました。

そんなことも伝えながらの授業でした。

相馬靖明(和泉短期大学)

図工室訪問

子どもと保育実践研究会第16回夏季全国大会
「保育における新と真を考えるPART1」
日程:2012年8月17日(土)~18日(日)
会場:東京家政大学
詳細はこちら

2日目の分科会Aでは、保幼小の接続をテーマとしています。
今回は、子ども同士の交流や接続期のカリキュラムのあり方などではなく、「保育者と教師の専門性の接続」について考えてみたいと思っています。
小学校の図工専科の先生の授業実践から話題を提供していただくこととしました。

そこで先日、その先生の図工室へうかがいました。
(写真もたくさん撮らせていただいたのですが、残念ながらここでは紹介できません。)
その日は、1・2校時が3年2組、3・4校時が3年1組の授業でした。
私は、2校時の終わり頃から見学することが出来ました。
2リットルのペットボトルが6本入っているようなサイズの段ボール箱を使って、「ONE BOX CAR」を作るというのが授業のテーマです。
週に2時限、3週間かけての単元となるそうです。

3年2組の片づけがほぼ終わり、中休み(20分休み)になりました。
図工室の前の校庭には雲梯があり、低学年の子どもたちが遊んでいます。
校庭では、大縄跳びやボールを使った遊びもしていました。

図工室にも、何人かの子どもたちが遊びにやってきます。
4年生以上は、授業で電動糸鋸を使った経験があるということで、自分でスイッチを入れて、木片を切って遊んでいます。
数日前にしたのでしょうか、木工ボンドが徐々に固まるのを楽しんでいる女児たちは、半透明のまだ固まりきらない樹脂の感触を味わっています。

3校時目が始まりました。
声をかけられた子どもには個別に「図工の授業を見学に来ました」と伝えていたのですが、先生からも全体に向けて紹介していただきました。

それぞれが、段ボールの箱を持ってきています。
「先週、持って来るように言ったけど、誰も忘れずに持ってこれたね。」
「自分で探してきたのかな?」
「どこでもらってきたんだろう?」
「自分で、お願いしてもらってきたのか、すごいね」
「どんな頼み方したの?」

先生は、何人かの子どもに対して箱を手に入れるにあたってのエピソードを聞き出し、そのことを他の子どもたちとも共有しようとしています。
子どもたちの多くは、自分が持ってきた箱を撫で回したり軽く叩いたりしています。
自分が見つけて交渉をすることによって、出会った箱なのです。

次に先生は下塗りについて説明しました。
既に、白の水性ペンキがグループに2つずつ用意されています。
それをグループに配る前に、なぜ白で下塗りをするのか、しない場合とどのような違いがあるのかを、実際に塗って見せて説明しました。
水性ペンキなので乾燥は速いのですが、刷毛にペンキを含ませ過ぎて厚く塗ってしまうと、乾くのに時間がかかってしまうので、刷毛を容器のふちでしごくようにして余分なペンキを落とすようにという説明がありました。

さて、それほど大きな箱ではないと思っていたのですが、いざ箱の6面を塗りつぶすとなると意外と広い面積であることを子どもたちも感じ始めたようです。
子どもによっては集中が途切れるような様子も見られてきました。
刷毛でドラムを叩くようにしたり、手に直接塗り広げてみたり・・・「ワイルドだろう?」などと言っています。(笑)

なんとか下塗りが終わりました。
図工室の中央には、水彩絵の具が数十色用意されていて、そこから自分が使いたい色を選び、自分のパレットにとって、箱に線や形を描いたり塗ったりします。
また、段ボールカッター(プラスチックの柄で、波型の刃がついています)を使って、窓やドアを開け始める子どももいます。
「ねえ、見て」と言ってくる子もいます。

その時、「先週私が作ったの。これあげる」と、6面の色を塗り分けた小さな立方体の木片をくれた子がいました。
そこで私は、その木片を使って
「中は、意外と広いねえ」「なるほど、ここがドアになっているのか」
などと、まるで木片が試乗に来たような感じでかかわってみました。

ある男の子は、元々のドアの横に、その木片のサイズに合わせた小さなドアを開けました。
「小動物用だよ」

4校時目が終わり、給食の時間ぎりぎりまで粘っていた子も、自分たちの教室に引き上げて行きました。
うれしいことに、私の分の給食も用意していただいていたので、図工室で食事をしながら打ち合わせをさせていただきました。

5時間目の授業が終わり、3年生の下校時間になりました。
すると、図工室のドアが開き女の子2人と男の子1人が顔を出しました。
「あそんでいってもいいですか?」
女の子は最後まで粘っていた2人ですが、男の子は小動物用ドアの子でした。

図工の先生がいる図工室って面白いですね。


相馬靖明(和泉短期大学)

3日連続でいろいろと・・・参加してきました。

5/31
Arts Field Tokyo
民族文化映像から学ぶ基層文化、日本の未来10原則 vol.1

会場の、arts chiyoda 3331は、旧千代田区立練成中学校の校舎を改修し、新しい形のアートの発信拠点として、ギャラリーやアーティストの工房などが集まった施設です。
千代田区の施設ですが、運営を受託している団体の統括ディレクターである中村政人さん(東京芸術大学准教授)は、私の高校時代の同期生です。

震災以降、これからの日本の在り方の模索があらわになってきていることを感じます。
今回のレクチャーもまた、です。
個人的には、レッジョアプローチの日本的な在り方を考える時に、イタリアにおけるコムーネ(基礎自治体)やスローフード運動に代表される農業のありかたや、醸造、テラコッタなどの生活技術や素材などに相当するものは何だろう?
ということを考えたかったという思いもありました。

全5回のレクチャーなのですが、毎回、民族文化映像研究所が撮り続けてきた映像ををみてディスカッションをします。
初回は、高知県吾川郡仁淀川町(旧池川町)の椿山(つばやま)集落の「焼畑」の映像でした。
映像自体は、1974年から4年間かけて撮影されたそうです。
山を焼いた後に、和紙の原料となるミツマタや小豆、粟(アワ)などが植えられます。
収穫された粟は、殻竿で脱穀され箕を使って殻が選り分けられます。
私は映像から、「種蒔く人」「落穂拾い」などミレーの一連の作品に描かれている身体との共通性を感じました。
私がひょうたん桜を見に出かけた時は、愛媛県の久万高原町側から山を越えて仁淀川に出たのですが、途中の直売所で買って食べた、柿の葉で蒸かされた粟まんじゅうの味を思い出しました。

1970年代当時でも、既に食べることはなくなった稗(ヒエ)ですが、椿山集落の家々の納屋の奥に稗の俵が山のように積まれていました。
いつでも、稗の栽培が復活できるというのです。
すごいことだと思いました。
私が愛媛で過ごした4年間に、山の中や入り江の端にある保育園へ行く途中に目にした風景のことを思い出しました。
石積みの段畠や棚田が残っている集落はほとんど限界集落でした。
石積みの仕方にもいろいろあることがわかります。
しかしそれは、地元のおじいちゃんおばあちゃんたちが、日々、石を積み直したり竹やぶを刈ったりしながらメンテナンスをすることで持続している景色なのでした。

映像からは、ものすごい昔のことのような印象を受けるのですが、1974年から77年といえばピンクレディが歌って踊っていた時代です。
そう思って映像を見ると、「今はもうなくなってしまったけれど、いつでも復活できるようにしている」ということの意味の重さを強く感じました。

中村政人さんには、彼がこの数年継続して取り組まれているゼロダテのプロジェクト(故郷秋田県大館市を中心に取り組まれているアートプロジェクト)に、乳幼児とのアートプロジェクトとして参加してみたいなあと伝えたところ、是非とのこと。
高校の1年下の学年に、小学校の先生だった方が北秋田の教育事務所で指導主事をされている方がいます。彼がたまたま、幼稚園・保育所の職員研修を担当していることもあり、いくつかの幼稚園・保育所・認定こども園を紹介していただけそうです。

6/1
CCAAアートプラザ
図工寺子屋
図工寺子屋とは、若い図工の先生たちのための教室です。
東京都の小学校には、図工専科の教員が配置されています。東京都以外の一部の自治体にも図工専科教員はいますが全国的には珍しいことです。
現役あるいは退職された図工の先生たちが講師となって、実技研修等をしています。
会場は、旧新宿区立四谷第四小学校・幼稚園の校舎です。
東京おもちゃ美術館としても有名ですね。
会の代表、鈴石先生が図工の先生として最後の10年間を過ごされた学校の図工室がそのまま、様々な世代の人に向けた造形活動のアトリエとして使われています。
当日も、図工室の椅子が足りないくらいににぎわっていました。
今回の講師、墨田区の図工の先生、南育子先生には、夏の「子どもと保育実践研究全国大会」の2日目の「保幼小の接続」分科会で話題提供をしていただくことになっています。

この日体験した造形活動は、透明ポリ袋を用いて黒い画用紙に「絵を描く」というものでした。
前回の5/25に行われた、辻政博先生の回の様子が辻先生のブログにアップされています。

次週、南先生の小学校の図工の時間を見学させていただくことになっています。
図工寺子屋の後の懇親会で、同じ墨田区の若い図工の先生たちと語ることができました。
その先生たちの図工室へもいつかいかせていただく約束もしました。

6/2
福武ホール
BEATセミナー「子どもとデジタル絵本」
「近年、書籍のデジタル化が進み、子どもの絵本の世界にもデジタル化の波が押し寄せてきています。
デジタル絵本は、紙の絵本とは何が異なるのでしょうか。今回のBEATセミナーでは、幼児とメディアの研究をされている佐藤朝美氏(東京大学・大学院情報学環/特任助教)、「ピッケのつくるえほん」のクリエーターの朝倉民枝氏(株式会社グッド・グリーフ/代表取締役)、物理シミュレーションを用いたデジタル絵本「まり」の制作に携わった正道寺裕子氏(日本出版販売株式会社・経営戦略室デジタルコンテンツチーム)をお迎えし、デジタル絵本が子どもにどのような学びをもたらすのか、デジタル絵本の可能性について議論を深めたいと思います。」

こちらは、既にブログでお知らせしたものです。
iPadアプリの「デジタル絵本」の開発者や、絵本と認知発達の関係を研究している心理学者、親子のナラティブなコミュニケーションを促進する環境について考えている研究者の方によるパネルでした。
途中で、前後左右の4人で「お隣りディスカッション」をしました。
私は、ベネッセコーポレーションで幼児向け商品開発をされている女性の方達と同じグループになりました。
そこでは、「そもそもデジタル絵本というネーミングはやめた方がよいのでは?」という話題になりました。
私もそう思いました。
既に「picture book」という性格よりも、より広い「toy」「おもちゃ」としての性格の方が強いように思います。

終わった後に、パネリストのお一人、佐藤朝美さん(佐藤さんの個人サイトはこちらとの立ち話で、「システム開発の人と幼児教育の専門家がもっと出会うと面白いのにね」という話題になりました。
パネリストのお一人、聖学院大学の石川由美子さんの2009年の論文2011年の論文をダウンロードできます。
石川さんは、絵本のモノとしての構造上、デジタル絵本が絵本にとってかわることはないのではないかととおっしゃっていました。
今回紹介された、デジタル絵本は
「ぴっけのつくる絵本」
「まり」
などでした。

フロアから出てきた質問として、子どもがデジタルデバイスにかかわる時間の長さの問題が出ていました。
例えば、「ぴっけの作る絵本」では、主人公のぴっけの世界でも8時に起きて8時に寝ることになっているのだそうです。その時間帯に起動してもピッケは眠っているとのこと。
また、起動時間を20分などと設定することができたり、印刷したものを使って紙人形を作れるようにしてデジタルデバイスの世界から現実の世界へと戻れる工夫をしているとのことでした。

3日連続で参加したそれぞれの研究会。私の中では確実につながっています。
それは、夏から秋に向けて、なんらかの形にできるのではないかと思っています。

相馬靖明(和泉短期大学)


保育課程総論の授業、絵本のワークショップ

絵本のワークショップをしました。
小学校教師志望の学生が中心の学科での、幼稚園教諭免許に必要な科目です。
カリキュラムに関する講義科目なのですが、多くの幼免科目が小免科目と置き換えられているので、できるだけ幼児教育の全体像を体験的に学ぶことができるようにと考えています。

まずは、「だるまさん」シリーズ、「が」「の」「と」

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かがくい ひろし:作、ブロンズ新社

が→の→と、の流れは
言葉の獲得の発達の道筋として、一語文から二語文へ、そして助詞の使用、という流れと同時に、自我の育ちと、他者、特に友だちとのかかわりを理解するのにもよいようです。

「が」は主格の助詞。
1歳半から2歳にかけて、「自分でやると言ってきかない」「自分がやりたかったのにと泣く」といった姿をよく目にします。「○○ちゃんがぁ〜」と。
どてっ、ぷしゅー、などのオノマトペが使われているのも特徴です。
また、長女が小さい頃「チガがデタ!」と言っていたというエピソードを紹介しました。
「血が、出た」を「チガ」で一つの単語と捉えていたようで、それに主格の助詞「が」をつけたので、「チガがデタ!」となってしまったのでしょう。「カガにササレタ!」というのもありました。
子どもはいくつかの音のかたまりを感じて単語と捉えようとするのでしょうね。
これは、次の「の」にもつながります。

「の」は所有格。
1歳から3歳くらいまでの子どもの姿として「○○ちゃんの!」とオモチャを独り占めする姿がありますね。
これについては、吉村真理子先生の「2歳児の保育手帳」などのエピソードをいずれ紹介しようと思いました。
この絵本のモノとしての構造の特徴は、「ページをめくると面白い」「見開き2回分が、ひとつの組み合わせ・まとまりとなっていて、それが繰り返される」というところにあります。
初めの見開きの中に次の見開きへのヒントとなるようなものが描かれています。
眼鏡→目、手袋→手、帽子→?
大学生でも、「つぎ、なーんだ?」と聞くと、「あたま?」と言います。
そしてページをめくると「毛」であることがわかり、体の一部分でかつ「一音」の単語だという面白さに気づくわけです。
「チガがデタ!」のエピソードとつながってもきます。

「と」は、並立助詞。
「○○ちゃんと」と、気の合う友だちを意識したりつながることを喜んだりする姿と重なります。
先日視聴したの1歳児クラスの映像とも重なります。
さらに、満3歳児クラスのエピソードも紹介しました。
友だちと手をつなぐことがうれしくなってきた3歳児。
同じ頃、段ボール箱に入り電車になって走って遊ぶ姿がありました。
松山の幼稚園だったので市内を走る路面電車、坊ちゃん列車のイメージなのでしょう、2両編成にしたくなるわけです。
先生に頼んで段ボール箱2つをつなげてもらいました。
幼稚園のテラスを、3歳児2人組の、2両編成坊ちゃん列車が走行します。
横2両編成です!(笑)

だるまさんの友だちは「いちごさん」「バナナさん」「メロンさん」です。
果物の名前で3つの音でできているわけです。
この3冊目で、これまでの「見開き2回分で1かたまり、それの繰り返し」という安定した感じに変化が出ます。

とまあ、こんな感じでレクチャーしながら読みました。

次に、自分が選んできた絵本を、ペアになって座っている隣の人に読んでもらいます。
幼稚園での教育実習では、子どもが選んできた絵本を読んであげるという場面がたくさんあります。
ここでは、「読んであげる」という身体の感覚ではなく「隣の子どもと一緒に絵本の中の世界を探る」という身体の感覚で、子ども(役の友人)の隣に座りましょう、とインストラクションします。
これは、以前の授業で触れた「共同注意」「ジョイントアテンション」でのまなざし・視線の向け方だということも伝えます。
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その後、2ペア4人のグループで、1人ずつ自分の選んできた絵本を読みます。
読み手は立ちます。聞き手が座っているので、片手で支えている絵本の面が聞き手によく見えるように向けるようにします。
ある程度の時間で読み手を交代します。
所々で読みを中断させて、例えば「聞きての皆さん、今、絵を見ていますか?字を見ていますか?」と声をかけます。
絵本のタイプにもよりますが、たいていは読んでもらいながら字を追いかけている自分に気づきます。
そこで、読み手には子どもは絵を見ているんだということを意識させます。
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とまあ、こんな感じです。
小学校の先生たちにも、クラス作りの大きな柱として絵本の読み語りに取り組むことが増えているということを伝えてワークショップはおしまいです。

相馬靖明(和泉短期大学)

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