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「さよならジャカルタのようちえん」

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子どもと保育実践研究会の会員で、北海道札幌市の幼稚園からインドネシア・ジャカルタの日本人学校の幼稚園の園長先生になられた、森本寿子さんの著書が出版されました。

「さよなら ジャカルタの ようちえん 新米園長奮戦記」
森本さんは日本に戻られ、現在ある幼稚園の園長先生をされているそうです。
森上先生いわく・・・
「この本が本当に面白いんですよ・・・森本さんは、よくしゃべるひとでしょ・・・話を聞くと面白い話がたくさんあって・・・文章のほうもこんなに面白いとは思わなかった!」


というわけで、8月の実践研究大会で販売させていただくことになりました。
なにしろ、自費出版のようですから市場に流通していないのだそうです。


続いて、研究所メンバー、大豆生田さん(関東学院大学)三谷大紀さん(浦和大学)からのおすすめです。

「保育を変える記録の書き方 評価のしかた」
今井和子 著  ひとなる書房 2009年6月

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前著「保育に生かす記録の書き方」(1999)の姉妹書ですが、新保育指針が施行されたということで
保育所の「自己評価」のあり方について、「保育の記録」から迫ったものといえるような内容です。

実際にいくつかの保育所の若い保育者の方たちが書いた保育記録に対して、今井先生がコメントをしていくといった内容も含まれています。
「紙上園内研」として読んでも面白いように思いました。


松山は、ようやく今日梅雨が明けたのではないかな、と思えるようなきれいな大きな夕日でした。
夕日を眺めていたら、ヒグラシの鳴き声が聞こえました。
ちょっと気の早いヒグラシの声でしたが、小学生たちはいよいよ夏休み本番です。
附属幼稚園は同窓会だったのか、昨年卒園した子ども達が虫捕りを楽しんでいました。

(松山東雲 相馬靖明)

最近読んだ本・・・その他

宮台真司さんの「14歳からの社会学」

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先に、初の新書「日本の難点」を読み、本書の評判がよかったので読んでみました。

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あとがきに、2歳のお嬢さん(半年ほどたってますから、現在は3歳になっているかもしれません)が
「14歳になったら、親として、ひとりの大人として、自分はどんなことを語るだろう―。そう考えながら、この本を書いた。」
とありました。
ちなみに、宮台真司さんには、来年5月に松山で開催される日本保育学会の記念講演をお引き受けいただきました。


「保育園のちから」
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保育園を考える親の会代表の普光院亜紀さんが、保育園パパ・ママビギナーに向けて書いたもの。
保育指針は、親が読んでも役立つことが書かれているといいます。
新保育指針について様々な解説書が出ていますが、大枠を理解するには、本書がお勧めかもしれません。
「親目線」は大事にしつつも、保育園や幼稚園に対して、「専門性のある教育機関として、就学前教育の特質を踏まえた内容を追求し、それを保護者と共有する努力」が必要だと述べています。
そして、基本的に、保育指針・教育要領に基づいた保育を行っている園を選ぶことを勧めています。

「決めない会議―たったこれだけで、創造的な場になる10の法則」
香取 一昭 ・ 大川 恒 (著)

アマゾンで、内容の一部を読むことができます。
http://www.amazon.co.jp/gp/reader/4828414940/ref=sib_dp_pt#reader-link


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例えば、第7章「ストーリーテリングで強みと可能性を引き出す~背景情報を共有する~」には、

「組織内で語り継がれるストーリーには、その組織の一人一人が大切にしている価値(バリュー)、将来像(ビジョン)が組織に流れるエネルギーを伴って入っています。ストーリー(物語)には、人々を鼓舞して、新しい未来を共に築こうというモチベーションを喚起し、組織の活力を引き出していく力があるのです。」
とあります。
ビジネス書ですし組織学習の理論の話なのですが、「物語ることの意味」をもう一度考えるのにいいと思いました。
本書を読んで、現在、お茶の水女子大学附属幼稚園にいらっしゃる宮里先生が語ってくださった実践のことを思い出しました。
10年以上前の、ミミズをめぐる4歳児の実践だったと思います。
クラスの中に、ミミズをめぐって子ども一人ひとりの様々なイメージが生まれてきます。
担任の宮里先生は、子どもたちの語るミミズのストーリーを聞いていきます。
はじめ聞き手だった宮里先生が、今度は語り手となって、子どもたちのストーリーを、宮里先生の言葉で語り直し(リストーリー)します。
すると、さらにそれぞれの子どもたちのイメージ世界が広がって・・・。
といったような実践でした。
当時の私は、「子どものイメージ世界を豊かにするストーリーテリング(のテクニック)」のように受け止めていた気がします。
実は、リストーリーすることによってその子を理解する、というところに大きな意味があったんだなあ、と思います。


さて、ついでといってはなんですが・・・
佐伯胖先生のコラムをご紹介します。
http://blog.hirc.aoyama.ac.jp/news/?p=93
青山学院大学社会情報学部のサイトです。
佐伯先生が最近、ヴィゴツキーの最近接発達領域について「目からウロコが落ちる経験」を されたそうです。

(松山東雲 相馬)

「暴走する脳科学 哲学・倫理学からの批判的検討」

「暴走する脳科学 哲学・倫理学からの批判的検討」光文社文庫377

著者:河野哲也(立教大学文学部教育学科教授)
発行:2008年11月


題名がいただけないと思います。決してそんな感じではありませんでした。
まずは、デカルト以来の心身二元論から始まりメルロ・ポンティの現象学やらヴィゴツキー、さらにアフォーダンス理論へと、心や脳に関する哲学的な歴史を振り返っています。
「心」と呼ばれる働きが、実は環境との相互作用によって成立していること、そのような「拡張した心」という概念では「身体性」が重視されることなどが、述べられていきます。
非常に幅の広い分野からの文献が紹介されています。

fMRIなどの脳のイメージング技術によって「脳を読み解く」ことが可能かどうか、例えばfMRIを嘘発見器として応用し犯罪捜査に使えるのか、といったくだりは、ちょうど今オンエアされているキムタクのドラマ「MR.BRAIN(ミスターブレイン)」が描いている世界です。

あらゆることを、脳で説明してしまいたくなっているのが現代なのかも知れません。
だから、幼児教育と脳科学とで一儲けしようと企む人が出てくるのでしょう。
ポータブルな脳イメージングの機器が開発されたら、そのうち、遊びに夢中になっている子どもの脳の画像も見ることができたりして、「脳トレーニング」にさらに拍車がかかるかもしれません。
しかし、著者によれば、脳とは、「環境」と「身体」とのシステムの中に組み込まれているものだそうです。
まさに、幼児教育が重視してきたことだったりするわけです。

「脳科学」を概観するためにはよい一冊だと思います。

(松山東雲 相馬)

乳幼児期に必要な体験とは・・・「保育の実践と研究」最新号を読んだ

「保育の実践と研究」誌最新号の特集のテーマは「乳幼児期に必要な体験とは」

改訂された幼稚園教育要領では、「指導計画の作成に当たっての留意事項 1 一般的な留意事項」に、新たに第4項目として以下のような文章が追加されています。

(4)幼児が様々な人やものとのかかわりを通して、多様な体験をし、心身の調和のとれた発達を促していくようにすること。その際、心が動かされる体験が次の活動を生み出すことに考慮し、一つ一つの体験が相互に結びつき、幼稚園生活が充実するようにすること。

本誌では、この項目が新たに付け加えられた背景を考えることが、
「保育の基本を見つめ直すと共に、社会の中に置かれている保育の状況や、逆に社会に対して保育の側から発信するべきことが見えてくるのではないか」
と、特集を組んだのだそうです。

特集の内容としては、改訂に携われた榎沢良彦先生(淑徳大学)へのインタビューと、事例を交えた実践報告・論説が紹介されています。

榎沢先生は、「多様な体験」「豊かな体験」とはメニューの多さではないと言っています。また、「一つの体験としてのまとまり」という言葉も使われています。
そうすると、幼児自身が自らの体験を統合していくプロセスに、豊かさや多様さがあらわれてくるのかもしれないと思いました。

2月22日に「保育の実践と研究シンポジウム」が、東京家政大学を会場に開催されるとのことです。
幼児期に必要な体験について榎沢先生と河邊貴子先生(聖心女子大学)が対談されるそうです。
このお二人だとすると、議論になるのか対話になるのか・・・楽しみですね。

(松山東雲 相馬)


「保育行為の連携をめぐる問題の構造」(「保育学研究」2008年2号)・・・を読んだ

日本保育学会の学会誌「保育学研究」の最新号に、戸田雅美先生(東京家政大学)の論文が掲載されています。
わが師匠である、戸田先生は、今回

「これまで違う状況の中で保育をしてきた者同士が、同じ場で保育行為の連携をすることになるため、様々な違和感を感じながらも、理解を深めることができず、真の保育行為の連携の成立が困難になっている」状況について

その「問題の構造を、理論的に明らかにし、そこで明らかになった問題の構造の具体的な内実を、一つの事例を通して検証」し

「連携の困難の解決に向けて」の手がかりを提示したい、と今回の論文を書かれたそうです。

そのために、「保育行為における価値の対立と連携の関係」を、「あえて二つの直行する軸に分けて表すことで、日常的には渾然としたままにとらえられている問題の構造をとらえる」ことにチャレンジされています。

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この図は、同書の204ページの図1を再現したものです。
小さいのでクリックしていただくと多少大きくなります。

座標軸の
右上(Aの領域)は「価値の対立がなく、かつ、連携する」

右下(Bの領域)は「価値の対立があり、かつ、連携する」

左上(Cの領域)は「価値の対立がなく、かつ、連携しない」

左下(Dの領域)は「価値の対立あり、かつ、連携しない」
という関係になります。

Aの領域では・・・保育行為をめぐっての意見交換が容易な状況になります。

Bの領域では・・・実際には相手の価値との対立を避けるために、とりあえず「合わせる」ということが起きます。この場合の問題は、「合わせる」立場の保育者が固定化される場合だと指摘しています。

Dの領域では・・・価値の対立を自覚したとしても相手に合わせるという選択はしないという状況ですが、この場合「その保育者との関係の中での一貫性は守られるが、子どもが育つ場としての幼稚園や保育所の全体としては、一貫性を持った安定感のある保育が保障されない」状態だと戸田先生は指摘します。

なお、Cの領域は実際にはありえないので本論では触れていません。


さて、Aの領域について戸田先生は、「理論的には、価値について、強いリーダーシップを発揮する存在のある園でこのような状態になる」としますが、「特に強いリーダーシップを発揮する」人間がいなくてもAの状態になることはあります。
戸田先生は、「研修の機会が多く、何を「善きこと」と判断するかに関する自分の意見を公開したり、自由に議論をする機会がある」とそのようになるといいます。
ただ、このような場合にも問題はあり、保育者同士の連携がしっかりしているために、実は、子どもにとって「善きこと」になりえていない場合が生じているときに気づきにくい、という可能性を指摘しています。


ところで、今回の冬季セミナーの1日目、3つの保育現場からの実践報告を、戸田先生の構図に当てはめて考えてみたいと思います。
(思いっきり私見です。報告された皆さんの思いと違っていたら・・・東大の中原先生ではありませんが便所スリッパを松山まで投げ飛ばしてください・・・)

①仁慈保幼園・・・園長先生の強いリーダーシップで、「何を善きこととするか」いう理念の浸透を図ったという「話」として見えてきます。

②若葉台バオバブ保育園・・・自分の意見の公開や自由に議論する機会を増やすための工夫を、特に強いリーダーシップではなく取り組んだ「話」として見えてきます。

③松山東雲附属幼稚園・・・保育行為の意味の理解をしているつもりだったが、何度も何度も何度も振り返るという状況が生じ、その中で「合わせる」ということが起きていたことに気づき、意味を理解した上で合わせていたのか、意味を理解せずに合わせていたのかを吟味する結果になってしまったという「話」としても見えてきます。

①と②はシンプルな見え方なのですが、③は何だか複雑ですよね。

多分Aの領域では、その園の歴史として3つのフェーズを経るということが起きるのではないかと考えられます。
(必ずとはいえませんが・・・)

第一のフェーズ:園長先生のリーダーシップなどで、メンバーに理念の浸透が図られる時期
第二のフェーズ:リーダーシップから離れて、個々のメンバーが自由に語りたいという機運が生じる時期
第三のフェーズ:連携がうまくいくようになることで逆に気づきにくさが生じている可能性に対して、メンバーの目が開かれる時期

かといって、第二のフェーズや第三のフェーズでは、リーダーシップの関与が全くなくなるのか、といえばそうではないと思います。
リーダーシップの質の変化があるのでしょうね。
今回、仁慈保幼園の報告は、園長先生からのお話でしたので、リーダーシップが前面に出てきた感がありますが、園の他のメンバーから見た話として語られると、違ったストーリーとして語られるはずです。
その話も、是非聞いてみたいですね。

勝手なことを書き連ねましたが、それほど、様々なことを考えさせられる刺激の多い実践報告でした。
今回実践報告をしていただいた皆さん、本当にありがとうございました。


(松山東雲 相馬)

Designed Reality デザインド・リアリティ

「デザインド・リアリティ―半径300メートルの文化心理学 」
有元 典文 (著), 岡部 大介 (著)
北樹出版 (2008/12)

東京大学の中原先生のブログで紹介されていましたので、自転車で街中まで行って買ってきました。
午後いっぱいかけて読了。
一応県庁所在地なので、大型書店があることのありがたさを感じます。
東京にいるときのほうがアマゾンを利用しているような・・・。

中原先生の書評が、本書の特徴をよく表現されていますので、ぜひそちらもお読みください。
http://www.nakahara-lab.net/blog/2008/12/post_1393.html

アマゾンの商品紹介ではこうなっています・・・

コーヒーショップ、焼き肉屋、コスプレ、腐女子、オタク、プリクラ、童貞......、心理学系学術書の限界を軽く超えたフィールドを対象に、人間の人間らしさを支える文化的メカニズムをくそ真面目に論考した「半径300mの文化心理学」です。人間って何から出来てる? その答えを具体性の中に見つけに行きます。人間の本質って何? その答えをひとびとの多様な日常に迫ることで探します。
こんな方へ:
◇ヴィゴツキー、レイヴ&ウェンガー、エンゲストローム、上野直樹、茂呂雄二を途中で投げ出した人へ=やり直しの状況論
◇正統的周辺参加? 活動理論? アクターネットワーク? ハイブリッド・コレクティヴ? 難しい理論にへきえきした人へ=涙なしの状況論
◇なんで勉強するの? 良い授業とは? 仕事がつまらない!=教え・学び・実践をデザインする全ての人へ

本書には帯がついていて、佐伯胖先生の次のような言葉が添えられています。

「教え・学び・実践をデザインする全ての人へ」
私たちの日常は、すさまじいまでに「デザインされて」いる。しかし、同時にまた、もっとすさまじく、人々は「デザイン返し」しつづけている。「文化」とはそういう「せめぎあい」の場であり、そういう現場を探求するのが本書のいう「文化心理学」なのだ!

佐伯先生が保育の世界に初めて巻き込まれたのは、1986年だそうです。(「子どもとともにある保育の原点」1ページより)
ちょうどその年、私も高杉自子先生と出会いました。
青山学院の第二部教育学科で一こまだけ授業を担当されることになったのです。
高杉先生の授業で、佐伯先生の「わかるということの意味」を読んだことを憶えています。(新版が95年に出ていますが、83年版だったのでしょう)
94年に、日本保育学会で佐伯先生が基調講演をされています。
高杉先生が大会の実行委員長だったからです。
私は既に幼稚園の教員でしたが、動員されて大会の下働きをしていましたので佐伯先生の講演を聞いたかどうかの記憶がありません・・・。
その後、子どもと保育実践研究会の様々なイベントで佐伯先生のお話を聞く機会が爆発的に増えました。
ヴィゴツキー、レイヴ&ウェンガー、エンゲストローム、サッチマン、トマセロ、正統的周辺参加、状況的学習論、ドーナツ理論、共同注意・・・ものすごい量のコトバが渦巻いた、そんな印象でした。
そして、私は大学院に進み、子どもと保育総合研究所の事務方をした関係で、研究所の本棚の中のレイヴ&ウェンガーやサッチマンの著書を読み漁りました。(森上先生の蔵書や大学院の授業の資料が山のようにありました)
東大で、エンゲストロームの講演があると聞き、英語の講演を聞きにいったりもしました。(同時通訳がありました・・・)
その頃には、なんとか理解できるようになっていたと思うのですが、本書を読んで「わかった気になっている」ことの恐ろしさを改めて感じました。(「わかるということの意味」を再読するべきでしょうね)
でも、あの頃、たくさんの本を読んだり佐伯先生の話を聞いたりしながら、頭を悩ませたことがよかったのだと思います。

そういえば、1月の「冬季セミナー」も、そのキーワードの一つはは「デザイン」でしたね。

(松山東雲 相馬)

「幼児の教育」8月号

既にご案内の通り、「第12回子どもと保育実践研究全国大会」が、この8月8日9日にわたって開催されます。
一日目はまず、幼稚園と保育園から実践提案が行われ、それを受けて「保育を創る~日常の保育実践から考える『遊び』と『学び』」と題したシンポジウムへとつながっていきます。

今回、保育園からの実践提案として、東京家政大学ナースリールームの井桁容子先生にご提案いただくこととなりました。

このナースリールームの保育については、「幼児の教育」(日本幼稚園協会)で、東京家政大学の戸田雅美先生の連載の最新号(8月号)に、とても素敵なエピソードが紹介されています。

そして、戸田先生のページの次には、足立区立おおやた幼保園の和島千佳子先生の実践記録も載っています。
和島先生は、2月に行われた「子どもと保育冬季セミナー」で、「共に創り合う保育の難しさと面白さ」というテーマでの話題提供をしていただいた方です。
8月号の実践も、とても面白いものでした。

ところで、「幼児の教育」誌は、かつて倉橋惣三が編集主幹を務めた雑誌で、「育ての心」などの文章も巻頭言として倉橋が幼児の教育に書いたものだそうです。
最近、保育・子育て系のあるメーリングリストで、フレーベル館の100周年記念として新たに編集された「倉橋惣三文庫」の「育ての心」が話題になっていました。

Sodatenokokoro

今回は、津守真先生と森上史朗先生による編集で、「育ての心」では下巻で、大豆生田さんが解説を書かれています。

Toutienninntei

また、「幼稚園真諦」では、柴崎正行先生が解説を書かれています。


ところで、この土曜日に放映されるテレビ番組についてお知らせです。
2年ほど前の冬季セミナーでは、「鳩の森愛の詩保育園」の瀬沼先生から話題提供をしていただきました。
その保育園で、今年4月から勤務している新米男性保育士が、NHK教育「あしたをつかめ、平成若者仕事図鑑」という番組に登場します。
今回は男性保育士をという仕事を紹介するのがテーマのようです。
今週の土曜の夜10時放映です。

この番組、面白そうなのを選んで時々見ているのですが、以下の文章はNHKの番組紹介からの転載です。

あしたをつかめ~平成若者仕事図鑑
「みっくん先生ただいま奮闘中~保育士~」
放映時間  午後10:00~10:24

かつては女性がほとんどだった保育士の世界。
しかし最近は、男性の保育士が急速に増えている。
横浜市の私立保育園に勤める主人公の稲勝路人(いなかつ・みちひと)さん、23歳。
通称“みっくん先生”は、この春就職したばかり。
4歳児を受け持っている。
パワフルで元気なみっくん先生は子どもたちにも大人気。
子育て中の父親たちの心強い味方ともなっている。
小さな子どもがたくさんいると必ず起きる、ケンカ。
仲裁に乗り出すみっくん先生は、大人の理屈でなく、子どもの心に寄り添おうとする。
でもかえって泣き出す子どもも…。
子どもの成長をかみしめながら、自分も成長する新米保育士、みっくん先生の奮闘ぶりを紹介する。

NHKの土曜日は「にっぽんの現場」も面白いですね。
2週間ほど前の「ブランコ師」のエピソードは面白かった!
こちらは総合テレビの10:25からなので、「あしたをつかめ」が終わったら即総合テレビにチャンネル変更すればいいわけですが、ただし、8月は本放送がお休みのようで、木曜深夜(金曜の早朝3:40から)に再放送をしています。

(松山東雲 相馬)

世界の幼児教育・保育改革と学力

昨日からのエントリーについては、同じようなデータを基にした論考を、以下の著書で汐見稔幸先生がされています。

Sekainoyoujikyouiku

「世界の幼児教育・保育改革と学力」
明石書店 2008.5

http://www.akashi.co.jp/home.htm

フィンランド・ドイツ・フランス・イギリス・アメリカ・ニュージーランド・韓国・中国・台湾・シンガポール・タイ・インド
の幼児教育・保育について近年のデータから解説しているものなのですが

最終章に汐見先生の論考があります。

「第4章 日本の幼児教育・保育改革のゆくえ――保育の質・専門性を問う知的教育」(汐見稔幸)

参考までに・・・

(松山東雲 相馬)

20:70:10の法則?・「ドキドキきらきらグングン」

昨日のエントリーで、ハーバードビジネススクールのデロング教授の「20:70:10の法則」(といっていいのかわかりませんが)を紹介しました。
(松尾先生のブログによると出典は、「Diamond Harvard Business Review」誌の2008年3月号.「プロフェッショナルのやる気を引き出すメンタリングの原点」とのことです。.)

企業の人材を育成する観点から、Aクラス人材20パーセント、Bクラス人材70パーセント、Cクラス人材10パーセント、の割合になるが、7割のBクラス人材=「堅実な市民(ソリッド・シチズン)」に対するメンタリングが有効だという話でした。

さて、ここで引っかかるのが、10パーセントのCクラス人材のことですよね。

「特別に配慮を要する子どもがいるために他の子どもと向き合う時間がなく、そのためにクラスのまとまりが感じられない」という悩みを持つ保育者・教師は多いと思います。
昨日、私は「まんべんなくが大事」という言い方・言われ方があると紹介しましたが、クラス担任として、一人の子どもとかかわりながら「同時に」他の子どもへも気を配っていると、結局いずれに対しても「薄い」かかわりになってしまうことがあります。
また、一方で
「クラスの中の特別な配慮が必要な子どもへの担任のかかわりは、周りの多くの子どもたちが見ているよ。」
「そのかかわりを見ていることが集団全体の安定感を生み出しているのよ。」
といった話もよく聞きます。

企業の人材育成と、特別支援教育を一緒にするのはまずいのかもしれませんが、Cクラス人材へのメンターのかかわりを多くのBクラス人材が「見ていて」、それがある意味Bクラス人材に対するメンタリングになっている、ということはあるかもしれないなぁ、と思いました。

ここまで書いて、なんだかちぐはぐな文章のような気がします。
「Aクラス」とか「Cクラス」とかいう表現と、特別支援教育とが、何だかマッチしないんですね。

20:70:10の法則を、例えば大学でのゼミに置き換えて考えてみましょう。
ゼミ生が10人前後いるとすると・・・
上手に休むしレポートの提出も遅れない、みんなと同じことをしてると安心タイプが7~8人
やたらと面白いことを見つけてやりだすんだけど、時々手に負えなくなって助けてー!になってしまう、でも就職は現場に見込まれるのか割と決まるタイプが1~2人
休まず来るんだけど、毎回、毎回、個別に説明してようやく卒業しましたっていうタイプが1人
といった感じでしょうか。
(ちなみに、成績はつけることにはなりますが、ゼミ担当者としては決してAクラス、Bクラス、Cクラスという感覚はもっていませんよ。)

最後のタイプの学生に対する教員のかかわりを他のメンバーはよく見ていて、緩やかだけど安定感のあるゼミになるということはあるような気がします。


今日は、河邉貴子さんの「天使園の子どもたち ドキドキ きらきら グングン」(聖公会出版 2006)を紹介します。

Dokidoki

本書は、河邉さんが立教女学院の附属幼稚園長として保護者向けに書かれたエッセイをまとめたものと聞いています。

園や学校が出す保護者向け印刷物の文章は、ほとんど読まれない、というのが実情ですが、河邉さんはクラス担任をしている頃からそのことにチャレンジされていましたので、その意味で、長い文章を読み慣れていない学生にピッタリだ、と私は思っています。
今日は、1年生ゼミで、第一章「子ども」の中にある「梅雨のおかげで」と「砂場大好き!」の2篇を読みました。
学生の感想文も紹介します。

●河邉さんの文章を読んでいるだけで、「この人はいい保育者だな~」と好感が持てました。お友達になりたい。

●文中にあったエピソードで、雨が降って傘も喜んでいるかもね!と言った男の子の感性、ここで言う「思いやりの原型」とは、なんて素敵なんだろう!!と思います。
そういった感性を引き出すために、野菜の種類をも選んでいるだなんて知りませんでした。確かに、土の中でどんな風に育っているのだろう?とか考えるとすごくワクワクします。
赤く染まっていくトマトも、グングン大きくなるナスビも、成長の変化を感じながら一日一日を過ごせるから、幼稚園で育てるにはいいなと思いました。

●河邉さんの子どもを見つめる視点と、その様子を会話と分析を交えての表現がとても面白かったです。子どものことをよく見ているなと思ったし、子どものことが好きなんだなぁと感じとれる文章でした。私も実習に行ったら、砂場でいろいろ学ばさしてもらおうと思います!

●子どもたちの会話の間に、カッコ書きで感じたことなどを書いているのでとても面白いなぁと思いました。これを読んで、保育者としての考え方や見方などを感じとれたと思います。

●先生たちが、育てるものにそれぞれ意図が込められているのは、初めて知りました。でも、私のように自分の育てたトマトに愛着がわいたり、とっても甘く感じた子どもたちは多いと思うので、先生の意図にハマっているんだなと思います。

●河邉さんの、具体的な子どもたちの行動例や発言の後に、自分の思いや説得力のある言葉に、考えさせられたり、気づいたり、本当に「なるほどー」と思います。この文章を読んで改めて子どもは素敵だなと思います。


(松山東雲 相馬)


松尾睦さんのブログ・「経験からの学習 プロフェッショナルへの成長プロセス」

5月に日本保育学会員に送付された「学会報」に、私が一文を書きました。
「私の文献リスト」です。
その中で紹介した
「経験からの学習 プロフェッショナルへの成長プロセス」同文館出版
Keiken

の著者である、松尾睦さんのブログ「ラーニング・ラボ」に面白い記事が載っていましたので紹介します。

http://blog.goo.ne.jp/mmatu1964

以下、松尾先生のブログからの引用です。

堅実な市民(2008年05月02日)

「現代の典型的なプロフェッショナル・サービス会社で、Aクラスといえる人材が占める割合は20%にすぎない。Cクラス人材の割合も10%程度だから、残る70%はBクラスということになる。この大集団を、我々は「堅実な市民(ソリッド・シチズン)と呼んでいる。一流企業でも、組織の中核はBクラス人材にある。彼ら彼女らが凡庸だと、組織も凡庸に終わる。逆になかなかのやり手だと、組織もそうなる。Aクラス人材は相対的に少数であるため、いかに優秀であろうと、Bクラス人材の不足を埋め合わせることは不可能である。」
組織を支えているのは7割を占める中堅クラスのメンバー、ということだ。そして、デロングらは、Aクラス社員だけでなく、Bクラス社員に対してもメンタリングすべきである、と主張する。
面白かったのは「Aクラス社員はかまってほしがる人材が多いためメンタリングに時間がかかるが、Bクラス社員はあまり手がかからない。eメールを送ったり、挨拶の言葉をかけることが効果的である」という点。

以上、引用

一般に「80対20の法則」として知られている「パレートの法則」というものがあります。
マーケティングの世界では「売上の8割は2割の優良顧客が生み出す」という経験則から、そこに集中して資本をつぎ込んだり、集中的に営業努力をしたりするのが成功の秘訣だ!というのが一般的に言われていることです。

しかし、実は「堅実な市民」である70パーセントの人々への働きかけが重要である、ということですからハーバードビジネススクールのデロング教授は正反対のことを言っているわけです。
「パレートの法則」のアンチテーゼとして少し前に話題となった「ロングテールの法則」があります。
ITの進歩によって80パーセントの人々への一人一人に対する「コミュニケーション・コスト」が低くなり、アマゾンのようなビジネスモデルが生まれたというものでした。

さて、学校で児童・生徒・学生の様々な指導にあたってきた人々の経験則として、デロング教授の言っていることと同じような感覚を持つ方は多いのではないでしょうか。
「学級経営のコツ」みたいな話としてもありそうです。

「手のかからない大部分の子たちにはつい、ちゃんとやってるな、で終わってしまうことがあるけど、そういう子たちにこそ、先生はちゃんと見てるよ、というメッセージを送ることが大事だよ」
「手のかかる子に引っ張りまわされる時期もあるよ。でも、同時に、母集団の安定を図りつつ、っていうのがコツといえばコツだな」
「一日の中に、子どもと視線を合わせるとか名前を呼ぶとかの場面を機械的にでも作っておくといいよ。まんべんなくっていうのが結局いいんだよ」

私は一時期、小学校に併設されている幼稚園に勤務していたこともあり、主に「飲みニケーション」の場面ででしたけど、保育者だけでなく小学校教師たちからも、以上のような話はよく耳にしました。

(松山東雲 相馬)